第1話 子供はまだなの?

病院からの帰り道、私はよく公園のそばを通りました。その時、落ち葉を踏みしめながら思ったものです。
「必ず、この道を我が子と歩いてみせる。」と。

今から十二年前、私は大学生の頃から付き合っていた主人と結婚しました。主人は大変子供好きで、結婚当初から子供が欲しいと思っていました。主人も私も、そのうちできると軽く考えていましたが、一年たち二年たち、周囲から

「子供はまだなの。」

と度々言われるようになりました。人に会うたび挨拶代わりに、

「子供は作らないの。」

と言われ、時には、

「子供の作り方も知らないんじゃないの。」

とも言われました。

それから、私より後に結婚した友達から次々とおめでたの報告が。焦った私はしばらく悩んだ末、思い切って近くの小さな産婦人科に行きました。

病院の中は薄暗く、診察室の中から声が聞こえてきました。

「子供をおろしたいんです。」

消えてしまいそうな小さな声でしたが、私にははっきり聞こえました。
『私にはなかなか子供ができなくてここに来たのに。この人はせっかくできた子供をおろしたいだなんて…。』

しばらくして出てきたのは、私より少し若い女の人で、おどおどしながら説明を聞いていました。その人の後ろ姿を複雑な思いで見送った後、すぐ私の名前が呼ばれました。
産婦人科は見舞いに行ったことはあるけれど、診察室に入るのは初めて。緊張して年老いた男の先生の前へ座りました。

「結婚して何年ですか。」
「三年目です。」
「基礎体温はつけていますか。」
「つけていません。」
「基礎体温をつけてからでないとなんとも言えませんが、とりあえず診察してみましょう。」

診察はすぐ終わり、もう一度先生の前へ座りました。
「多分タイミングが合わないだけだと思います。基礎体温を三ヶ月ほどつけて、もう一度来てください。」

けれど、私はあんな恥ずかしい思いをするのはもうこりごりだったので、二度と行く気はありませんでした。
それでも、基礎体温だけは毎朝つけました。
始めはやり方が悪かったのか、体温が毎朝バラバラでしたが、次第にきれいな二相の線を描くようになりました。
二相になっているのは排卵がある証拠と本に書いてあったので、私はすっかり安心してしまいました。
ところが生理は、毎月一日も遅れることなくやってきて、期待しては生理のたびに落胆する…。その繰り返しでした。

そして結婚して五年目、初めて生理が遅れました。
しかしすぐ出血が始まりました。
私は当初落ち込みましたが、生理がきたら下がるはずの基礎体温は徐々に上がり続け、出血は微量のままでした。
かすかな期待を抱きながら妊娠検査薬をしてみると、なんと陽性。つまり妊娠しているという結果が出ました。
大喜びの私は、この事を主人に話しました。主人は驚き喜びはしましたが、とにかく明日病院に行ってから確認しようということになりました。

出血しているという不安の為、友人から良い先生がいると聞いていた総合病院に行くことにしました。片道三十分程かかるのですが、女の先生だということに惹かれました。

病院に着き、待合室で待っている間、周囲の妊婦さんが目に付きます。
待合室にある本も妊婦向けの情報誌が殆どで、とても眺める気にはなりません。私の目はテレビの方を向いていましたが、全く見えていませんでした。

二時間ほど待ったでしょうか。ようやく私の名前が呼ばれました。私の心臓はドキドキして今にも飛び出しそうでした。

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