第2話 初めての妊娠

診察室で待っていたのは、優しそうな女の先生でした。
私は少しホッとして、妊娠検査薬で陽性だったことと少し出血していることを伝え、基礎体温表を渡しました。
すると先生はその表を見た後、

「ちょっと診てみましょうね。」

と言いました。

私の目の前のカーテンが少しだけ開けられ、黒い画面の白い機械が見えました。画面で白い影のようなものがぐちゃぐちゃに動き、やがて止まりました。

「分かりますか。これが赤ちゃんの袋かもしれませんね。」

私は少し体を起こして画面を見ました。確かに、小さな袋の様な物が見えます。

「まだ赤ちゃんは見えないわね。」

と言った後しばらくして先生は、

「妊娠していますがまだ時期が早いのか、赤ちゃんが見えません。それに出血しているので、流産か子宮外妊娠の可能性もあります。」

話はまだ続いていたのですが、私は喜んでいいのかいけないのか分からず、呆然としていました。
ドラマでよくある、「おめでたですよ。」と言うシーンを期待していたのです。

先生に、

「ご主人がいらしているのなら呼んできてください。」

と言われ、雲の上でも歩いているようにふわふわと待合室に向かいました。

主人を呼んでくると先生は、もう一度丁寧に説明してくれました。

妊娠しているが流産や子宮外妊娠の可能性があること。
出血やお腹が痛くなったら、すぐ病院に来ること。
安静にしておくこと。
何もなくても一週間後診察に来ること。

主人が念を押すように、

「妊娠しているのは間違いないんですね。」

と言うと、先生は、

「そうね。」

と、無表情に一言だけ淡々と答えました。
今考えてみると、先生はこれがどういう結果になるのか、予想していたのかもしれません。
先生は私達に、楽観的なことは決して言わず、事実だけを淡々と言っていました。

その後、私達が部屋を出ようとしている時も、

「出血がひどくなったりお腹が痛くなったりしたら、すぐ来てください。何時でもいいですからね。」

と、もう一度言いました。

それから私は家へ帰り、主人は会社に行きました。あまり話はしませんでしたが、主人がどんなに喜んでいるのか、手にとるように分かりました。
数日たち、出血は止まりました。しかし、私の心の中は不安で一杯です。そんな時主人は、

「胎教にいい音楽のCDを買いに行こう。」

と言いました。私は誘われるままついて行き、CDを三枚買いました。
私は、『この子は駄目かもしれないのに。こんなもの買ったって…。』と少し不満に思っていました。
しかし主人は言いました。

「この子はまだどうなるか分からないけど、今このお腹のどこかに生きているのは間違いないんだから、親としてやれることはしてやろう。」

その時私は、フッと心が軽くなったような気がしました。
それからの私は、無事産まれてくることを信じるように努め、買ってきたCDを仕事のあい間に聞いたりお腹に話しかけたりしていました。

前回の診察から一週間経ち、診察を受けました。
しかし、画面には袋の中の真っ黒な映像が映っているだけです。先生から、三日後にまた来るようにと言われました。
そして、出血が始まったりお腹が痛くなったりしたら、すぐ来るようにと。
そして三日後、やはり赤ちゃんの姿は見えません。
先生は、私と心配してついて来てくれた主人に、子宮外妊娠の可能性がかなり高いと、厳しい口調で言いました。

そして、

「出血がなくても来週には入院してもらいます。それまでに出血やお腹が痛くなったらすぐ病院に来てください。ここは救急病院ですからね。真夜中でも何も心配しなくていいんですよ。」

と言った後、私達を安心させるためか、先生は初めて微笑みました。
私達は黙ったまま家に戻りました。そして部屋に入った途端、主人は泣き出しました。私は少し驚きましたが、心を落ちつけて言いました。

「まだこの子は生きているんだから、私は泣かないよ。」

「お前は強いな。」

と言われたので、

「これでも母親だからね。」

と笑って答えました。

正直言って、私の心の中はボロボロでした。診察に行く度に、正常な妊娠の可能性はどんどん低くなっている…。
先生ははっきり断言した訳ではありませんが、状況の厳しさは先生の話から充分理解できました。

『今度こそ袋の中の赤ちゃんが見えますように。』と、この数日の間に数え切れないほど祈りました。一人になると絶望感に押しつぶされそうな自分を、必死に励ましてきました。

『一パーセントでも可能性のある限り、絶対諦めない。』と、先生の言葉の中のわずかな可能性にすがって何度も誓ってきました。それなのに、今回先生は子宮外妊娠の事しか触れませんでした。
私は心の中で、先生の言葉一つ一つを思い出し、どこかに希望の持てるところがないか探してみましたが、何度探しても見つかりませんでした。
私の心は、麻痺したかのように不安も悲しみも殆ど感じなくなってしまいました。

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