第13話 かけがえのない経験

私は小さい頃、「お母さん」になる事に憧れていました。
時と共に将来の夢が変わっても、その気持ちはずっと変わりませんでした。

いつか結婚して子供を産んで、仕事も家事も育児もこなすキャリアウーマン。

それが私の描く未来像でした。子供は当たり前に生まれてくるものとばかり思っていました。

しかし、突きつけられた現実は、努力しても叶うかどうかわからない、儚くて切ない夢物語でした。

体外受精が失敗に終わる度、
「この一ヶ月費やした時間もお金も労力も、全て無駄になってしまった」と落胆し嘆いていました。

そして、心の中は辛さで不満と憤りばかりが占有していました。

現在、子供を持つ方々と関わる機会が増えました。
意外にも不妊治療によって子供を授かった方は多く、その方々の大半は今も尚、不妊治療に励んでいた当時を昨日の事のように覚えています。

「子供がなかなかできなくてね、この子ができるまで五年間治療したのよ。」
「何度も流産を繰り返して、もう駄目かと思ったけれど、この子だけは生まれてきてくれたのよ。」

現在の様子からは、当時の事を想像する事すらできません。
しかし、当時どんなに辛く苦しい思いをしてきたのか痛いほど伝わってきます。
苦しい事や悲しい事も、不妊治療の苦しみを思い返して乗り越えてきた事は、口に出さなくても同じ不妊治療経験者の私には分かります。
穏やかに話しながら、時には涙ぐみ、わが子へ優しい眼差しを向けるその瞳の奥に凛とした強さを感じます。

又、不妊治療で子供を授かったにも関わらず、その苦労や授かった事への感謝を忘れてしまった言動をする方も多く見受けられます。

不妊治療していた当時、長年子供に恵まれず、やっと授かったという女性と話した事があります。

その女性は、毎日の育児の大変さや子供がいなかった時代は如何に気楽だったか、切々と訴えていました。
その様子は、子供ができない私に対し、育児をしている事を自慢しているようにしか見えませんでした。

当時私は『子供を授かってしまえば、子供ができないと悩んでいた当時の事を忘れてしまうものなのか』と大きなショックを受け、深く傷つきました。

今思えば、きっとその女性も又、私と同じように悩み苦しんだ時代はあったはずです。その時代の事を忘れようとしても忘れられるはずもなく、忘れたかのように振舞うしかなかったのかもしれません。
あまりにも辛く苦しい日々だったから。もう二度と思い出したくない時代だから・・。

私たちの経験した辛くて苦しい「不妊治療」。
これは、当たり前に子供を授かった人は決して経験し得ないもの。
心身ともに傷つき、疲れ果て、心は荒む等、不妊治療はあまりにも多くの試練を与えてくれました。
しかし同時に、強さや優しさ、そして多くの「気付き」を与えてくれました。

「身を削る思いで受けた不妊治療」、「聞きたくないおめでたの報告」、「生理の度に流した涙」、それらは確実に私の血や肉となり、現在までしっかり支えてくれました。
厳しい現実の中、己の弱さを知る事で人の心の痛みを知りました。
「誰も分かってくれない」と、一人殻に閉じこもっていた私の傍には、いつも主人がいてくれる事に気付きました。

不妊治療から幾年もの歳月を経た今、私は思います。
不妊治療は決して無駄な経験ではありません。今までの人生において、何物にも優るかけがえのない経験でした。
きっとそれは、たとえ子供を授からなかったとしても、私たちを成長させる尊い経験に間違いなかったと、今も信じています。

不妊治療があったからこそ、多くの意味で今の私たちがあるのだと深く痛感しています。

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